日本の臍  戸隠神社 巡りの旅






このページでま、前ページの奥社参道に続き、
その秘境にある九頭龍社・奥社を紹介させて頂きます。




ここ地にある、九頭龍社・奥社について、
voico stle本では、こんな事が書かれてます。


年に一度浄化される神社

戸隠神社の奥社(御本社)では、日本という国家、
そして、民衆の無事と幸せを願う祝詞を、神主さまが冬を除き毎日あげています。
ここの良さは、年に一度必ず浄化が入る所にあります。


夏場は、車で鳥居まで行き、そこから1時間ほど歩くと奥社へ辿り着くことができるが、
雪の降る季節になると山深い場所に位置するので完全に閉ざされてしまいます。
約4ヶ月の間、外界との接触えお絶つことで浄化された境内は、
今でも高い気を保ち続けており、本当に祈りが良く通る、
貴重なパワースポットである。


戸隠神社については、こちらへ



















前ページより、
参道の最後のツライ階段を登りつめると、九頭竜社が有ります。

この九頭竜社に祭られて神は、
九頭竜大神であり,内容については、写真の案内に書かれております。

生命の源である水を司る神として広く信仰を集め、
その信仰は現代にも続いている。
五穀豊穣、心願成就を祈る。










日本の神さま事典 三橋 健 著 によると

九頭龍大神は、
九頭一尾の戸隠山の鎮守の神であり、
水の神、雨乞いの神、農耕の神などとしての信仰があった。


また奥社の背後にある岩峰の中腹には、
九頭龍神を封じて石の戸で隠したと伝える三十三霊窟がある
開山は、嘉祥3年(850)に戸隠山中で
地主神九頭龍神の命を受けた飯縄山の学門行者とされる。

その際聖観音・釈迦如来・地蔵菩薩が行者の前に出現し、
それらは戸隠顕光寺(奥社)、中院(中社)、宝光院(宝光社)
の本地仏となったという。
また九頭龍社(九頭竜)の本地は
大弁才天、日之御子神社(火御子)は
八大金剛童子(薬師如来とも)であった。


梁塵秘抄」によれば平安時代後期には
すでに、伊豆の走湯山、駿河の富士山、伯耆の大山とともに
四方の霊験所として知られていたとある。

天台、真言両系統の修験者により栄えていたが
、室町時代に真言系修験者に殺害された
天台系大先達宣澄の亡霊に祟られ、真言系修験は衰退した。
戸隠三千坊と称されるほど、坊や院が勢力を伸ばしそれにともない
経済支配関係をめぐる紛争は絶えなかった。

神仏分離で堂塔はすべて廃されたが、
現在も修験道の験術を伝えている。

と有ります。











江原さん 神紀行 によると

戸隠神社には、あめのタヂカラオノミコトが奉斎される以前に、
土地神として信仰されていた神様を、
お祀りしている九頭龍社や、
天岩戸の前で踊った伝えられるアメノウズメノミコトを祭神とする。
火之御子社の点在しています。

天岩戸の伝説と、戸隠地方の土着信仰、
さらに仏の教えの融合が、戸隠神社を形作っている。








九頭龍社を後にして、その奥には、奥社が有ります。








前ページにも紹介しましたが、天岩戸伝説にて活躍した天手力雄命をお祭りし奥社の入り口にある掲示板である。

戸隠顕光寺(奥社)の古代 年表PDF有りました。こちらへ









戸隠神社の本社にあたる奥社は、
学問行者が道場として築いた伽藍(がらん)が起源だ伝えられている。
昭和37年と昭和53年の2度も、雪崩のため社殿が倒壊したが、
神社関係者の懸命の努力によって再建されている。

戸隠の自然の厳しさを象徴するような災禍だが、
江原さんいわく、それもまた「神からの学びの機会」と説かれてます。







動画 天岩戸伝説より天手力雄命が、天岩戸こじ開けその岩を投げているカットです。






奥社の直ぐ後ろには、戸隠山が厳つくそびえてます。
とても迫力があり、改めて大自然に魅了されます。



















  戸隠神社に行って天手力雄命のパワーを授かったならば、今度は菊理媛神に会い行くのも
悪くは無いと思います。

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