創楽・登山
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『創楽 登山』
富山の山より氷見市「布勢の円山」を紹介します。

富山の山
布勢「布施」の円山・登山


万葉時代 布勢の円山の景観


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はじめに


布勢の円山
(ふせのまるやま)

氷見市指定名勝昭和55年10月25日指定

布施の円山とも書く田園地帯に中にもり上
がった半球状の山 氷見市南部 県道氷見惣
領志雄線のすぐ脇布施部落にある。

急な石階段を登った頂上には布勢朝臣の租と
伝える[大彦命]が祀る延喜式内社布勢神社や
「大伴家持」を祀る御影社(みかげしゃ)
がある。

この御影社は全国で最初に「大伴家持」を祭
った御影社であり万葉関係の碑としては富山
県内最古のものです。大伴家持を祀った全国
に数少ない社であることから多くの万葉集フ
ァンがこの地を訪れると言う。

伝承によれば、この山に家持の館があり、
客人の接待の場をして利用されたので多く
の歌人が訪れたのいう。

現在こそ田園地帯にある山であるが、大伴
家持の時代は、海水に覆われた孤島

頂上に登った際 広々した田園地帯を
万葉時代の海を連想するのも愉しい!





布勢の円山 入口より
布勢の円山について




カシミール3Dより布勢の円山の位置

布勢の円山
布勢の円山は、水田の中に島のように盛り
上が っているので、どこから見ても丸く
見える。周囲 約三百メートル、高さ約二
十メートルそこから の眺めはありし日の
布勢水海を思いめぐらすのに 最適

 祭神は、四道将軍の一人として北陸道の
鎮撫に あたったいう大彦命で、布勢一族
が祖先神をまつったものと伝えられたい
る。この社の後ろに境内社として「御影
社」があり 大伴家持を祀る

 布勢神社境内にある石碑は万葉にかかわる
碑とは、県内最古のものといわれる享和二年
(一八〇二) の古碑(山本有香撰文)と明治
三十三年、大伴家持の千百年祭が行われ、地
元の有志によって建て られた「大伴家持卿之
碑」(重野安繹撰文)が向かい 合っている。




布施の円山
現在と万葉時代



現在の円山
周辺には田園地帯が広がる。



万葉時代 円山(フォトショップ合成写真)

今から約1300年前は、ここから見える田 園
一帯は「布勢水海」と呼ばれる大きな水海で
した。

大伴家持は、746年かた751年 まで越中の国
守として越中国府(現在の伏木)に住んでい
ました。大伴家持は、布勢水海をこよなく愛
し、遠く都から訪ねてきた友人らと舟遊びを
し、美しい風景を数多く歌に詠んでいます。

布勢の海の沖つ白波あり通ひいや年のはに見
つつ偲はむ


「布勢の水海の沖に立ちさわぐ白波の美しい
景色を、 こうしていつも通ってきて、
毎年眺めることとしよう」




布施の円山
写真による紹介



布勢の円山「氷見市南部」県道氷見惣
領志雄線のすぐ脇布施部落にあります。




グーグルマップより
布勢の円山地点





布勢の円山入口
(第27代)内閣総理大臣 濱口雄幸 書
布勢神社の碑が有ります。



表参道
鳥居を潜り円山を目指します。



急勾配の階段を登ります。



階段を登ると「万葉の歌碑」と「御影社」
につい大きなて案内板があります。



隣には、全国で最初に大伴家持を
祭った「旧御影社」があります。
家持のファンが多く訪れるそうです。



現在の御影社



御影社の隣には、
延喜式内の古社・布勢神社がある。
祭神は、崇神天皇10年(紀元前88年)
北陸道鎮撫将軍として派遣された
四道将軍の一人「大彦命」です。




その境内左側の茂みに、享和2年(1802)
に建てられた「大伴家持卿遊覧之地」と刻ま
れた石碑があります。裏面の撰文によると、
題字は正二位権大納言花山藤公。万葉関係の
碑としては富山県内最古のものです。



円山より二上山が見える。
田園地帯を海に想像して景観を愉し
のも趣がある。



カシミール3Dにて大伴家持のお気に入り?
万葉時代の二上山・立山連峰

布勢の円山に訪れた際は、布勢の海水の
面影を残す十二町潟水郷公園に立ち寄る
のも面白い






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