平成の大遷宮 出雲大社 参拝の旅





縁結びの神様として知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)
をまつる


出雲大社


60年に一度という

「平成の大遷宮」
(へいせいのだいせんぐう)


が行われております。
大遷宮とは


ご本殿をはじめ、境内の様々なお社の


御修造(修理)

が行われる事でその期間は

平成20年〜平成28年

約8年間の間に実施されます。

(因みに国宝である現在の御本殿は1744年に造営され
これまで3度の遷宮が行われてます。)






その目的は

(1)木造建築の建物を維持していくため
 (2)社殿の建築など様々な技術を継承していくため
 (3)神社は清浄であることが必要で、そのために遷宮を行う
(神の力がリフレッシュされる)

詳細な
遷宮とは
こちらへ



その中で

(平成25年)は、


5年間にわたる御本殿修造が終わり

再び大国主大神が
御修造(修理)

が完了した御本殿に

お遷り
(おつり)

になる特別な年です。

(お遷りは、平成25年5月10日 本殿遷座際にて)

詳細は
こちらへ


そして
平成25年は

天照大神
(太陽神 アマテラス大神)を祀る



伊勢神宮



も20年ぶりに遷宮を迎える年

要は、



伊勢神宮と出雲大社

1953年(昭和28年)以来60年ぶりの
ダブル遷宮の年です。



このダブル遷宮はとても縁起が良い!

とされ、沢山の方が参拝される訳です。
(自分のその一人です)


そして、出雲の旅を計画するのですが、
出雲大社 周辺の旅館・ホテルは、この年の休日は全て予約が取れない状態
そして出雲大社から少し離れ、玉造温泉・皆生温泉周辺も確認するが、
予約が取れない状態

しかし、60年に一度のチャンス
どうしてでも行きたい

その結果
弾丸 出雲大社 参拝の旅

と成った訳です。



旅行内容

11/1 夜 富山を出発

11/2 7:00 出雲大社に到着
    9:00 稲佐の浜に到着
    10:20 日御碕神社に到着
    13:40 水木しげるロードに到着
    17:10 帰路へ

11/3 早朝 富山に到着








旅の紹介をする前に

簡単な古事記のあらすじを
紹介させて頂きます。


古事記
あらすじ


(大国主神 国譲りまで)


第一章
イザナギ・イザナミ国生みまで

宇宙の初めは混沌としていた。

やかて、天と地は元々一つだったが、
やがて分かれる。

すると
最初の神

天(高天原)に

アメノミナカヌシの神

タカミムスビの神
カミムスビの神

の三柱の神が生れ

その後
姿を消し

天地がまだ固まらない状態であった時に

ウマシアシカビヒコジの神
アメノトコタチの神

が現れた

これらの
五柱の神を
別天神
と言います



その後

イザナギイザナミの神が現れ
これらを

神世七代
(かみよななよ)

と呼びます

やがて

イザナギ・イザナミは

天の浮橋から
矛を海水にさしおろし

海水から島を引き上げます。

その島が後の日本です。
因みに、最初は淡路島です






古事記
あらすじ


第二章



その後

イザナギ・イザナミは

山・川・水などの自然や住居・穀物の神
を次々と生む

すなわち
陰と陽が合わさり
全てのモノの生みの親となりました。

しかし
神生み最後に火の神

ヒノカグツチ

を生んだイザナミは下腹部に大火傷を負い
死んでしまった


イザナギは
イザナミの死を悲しみ
イザナミを追って死者の住む

黄泉の国

に行く

しかし
そこで見たのが
醜い姿に変った
イザナミの姿であった


イザナミ
(見たわね〜よくも私に恥をかかせてくれましたね・・・・・・)


追いかけてきます


黄泉の国
現世の境にある


黄泉比良坂

まで来ると
そこにあった桃の木の実を投げ
やっと逃げ切ります。




そしてイザナギが
死の穢(けがれ)を祓う(はらう)ため

全身を洗い清めると
様々な神が生まれ

その後
左目を洗うと

天照(アマテラス)

右目を洗うと
ツクヨミ

最後に鼻を洗うと
スサノオ

が生まれました。


そして

アマテラスは
高天原

ツキヨミは
夜の国

スサノオは
海原(地上)

を治める事になります。



ここで重要に成るのが、

アマテラスをはじめ高天原の神を天津神

スサノオをはじめ海原(地上)の神を国津神

神様でも大きく二系統に分かれます。

因みに出雲大社の
大国大神はスサノオの子孫なので
国津神となります。






















































































 などと言われています。
 平成20年4月に、御祭神である大国主大神が御本殿から御仮殿に御遷座される「仮殿遷座祭」が執り行われました。そして翌21年から、御本殿のみならず摂社・末社も、修造工事が進められてきました。
 御本殿の修造は、大屋根檜皮(ひわだ)の撤去、野地板の修理などを経て、新しい檜皮による葺き作業も平成24年3月に完了し、同年夏には、修造期間中御本殿を覆っていた大きな素屋根が取り除かれ、新しく生まれ変わった御本殿がその姿を現わしました。




『日本書紀』
 (少彦名神が常世国に渡ってしまわれて、)これより後、国の中でまだできていないところは、大己貴神(大国主大神)が独りで巡ってよく国造りされた。ついに出雲国に至って言葉に出されて言われた「葦原中国(日本の国のこと)は元々荒れていた。岩や草木に至るまでことごとに暴れていた。しかし、私は既にくじいて皆従わないものはない。」そして、「今この国を治めるのは私独りだけだ。私と共に天下を治める者はいるだろうか。」と言われた。
 その時、不思議な光が海を照らし、突然浮かび上がってきたものがあった。そして、「もし私がいなければ、汝はどうやってこの国を平らげることができただろうか。私の存在があったから、汝は国造りの大きな功績をあげることができたのだ。」と言われた。この時に大己貴神は「それでは汝は誰だ。」と聞かれた。それに答えて「私は汝の幸魂奇魂だ。」と言われた。大己貴神は「そうだ。了解した、汝は私の幸魂奇魂だ。今どこに住みたいと思うか。」と聞かれると、「私は大和の三諸山に住みたいと思う。」と言われた。そこに宮を作っていって住まわれた。これが大三輪の神である。

 つまり、大神さまがこの日本の国造りを成し遂げられたのは、幸魂奇魂のお助けがあったからこそである、ということです。尊福公は、世の中で功業を成し遂げるにはこの神蹟に習い幸魂奇魂の神護を蒙ることが重要であり、誠を尽くして常に唱えれば、現世のご加護のみならず、幽冥での永遠の幸福をも得るとして、この神語を広められました。
 大神さまに神習い、また神の御心に叶う暮らしをするならば、大神さまから必ず幸魂奇魂のお力を頂くことができるでしょう。心をこめて唱えましょう。




荒魂(あらたま、あらみたま)・和魂(にきたま(にぎたま)、にきみたま(にぎみたま))とは、神道における概念で、霊魂が持つ2つの側面のことである。

荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きである。神の祟りは荒魂の表れである。それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面である。神の加護は和魂の表れである。

荒魂と和魂は、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れであり、実際別の神名が与えられたり、皇大神宮の正宮と荒祭宮といったように、別に祀られていたりすることもある。人々は神の怒りを鎮め、荒魂を和魂に変えるために、神に供物を捧げ、儀式やを行ってきた。この神の御魂の極端な二面性が、神道の信仰の源となっている。また、荒魂はその荒々しさから新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂とされ、同音異義語である新魂(あらたま、あらみたま)とも通じるとされている。

和魂はさらに幸魂(さきたま、さちみたま、さきみたま)と奇魂(くしたま、くしみたま)に分けられる(しかしこの四つは並列の存在であるといわれる)。幸魂は運によって人に幸を与える働き、収穫をもたらす働きである。奇魂は奇跡によって直接人に幸を与える働きである。幸魂は「豊」、奇魂は「櫛」と表され、神名や神社名に用いられる。

また、人間の心は、天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂(荒魂・和魂・幸魂・奇魂)から成り立つという考え方があり、一霊四魂(いちれいしこん)と呼ばれる。


一霊四魂(いちれいしこん)とは、は、と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つのから成り立つという日本思想である。

勇 − 荒魂(あらみたま)
「勇」は荒魂の機能であり、前に進む力である。勇猛に前に進むだけではなく、耐え忍びコツコツとやっていく力でもある。その機能は、「勇」という1字で表される。行動力があり、外向性の強い人は荒魂といえる。
親 − 和魂(にぎみたま)
2つ目の魂の機能は和魂であり、親しみ交わるという力である。その機能は、1字で表現すれば「親」である。平和や調和を望み親和力の強い人は和魂が強い。
愛 − 幸魂(さちみたま)(さきみたまとも呼ばれる)
3つ目の魂は幸魂であり、その機能は人を愛し育てる力である。これは、「愛」という1字で表される。思いやりや感情を大切にし、相互理解を計ろうとする人は幸魂が強い人である。
智 − 奇魂(くしみたま)
4つ目は奇魂であり、この機能は観察力、分析力、理解力などから構成される知性である。真理を求めて探究する人は、奇魂が強いといえる。


























出雲大社は、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)をまつる神社だが、日本国民の間では何よりも「縁結びの神様」として知られる。歴史をさかのぼると、出雲大社は古代には、杵築大社(きづきたいしゃ、きづきのおおやしろ)と呼ばれていたが、1871年に出雲大社と改称された。
















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